アメリカン・モッツァレッラな人生

留学のこと、国際恋愛のこと、海外旅行のこと、院進学のこと

SNSを辞めれば幸せになれる?①

幸福学とは?どうすればより幸せになれる? 

幸福、ウェルビーイングなどに興味があり、留学先のアメリカの大学で"Human happiness and flourishing"(人の幸せと繁栄)という講義を履修していました。 flourishingの訳し方は色々あるが、ここでは豊かな人生といったところだろうか。

この講義では、人の幸福についてフォーカスし、ポジティブ心理学や哲学、宗教など様々な観点より人生について、幸せについて考えるというもので、とてもお気に入りの講義でした。(しかしリーディングも多くディスカッションメインのクラスでだいぶ苦労した...)

帰国後、アメリカの有名大学であるYale大学の心理学の教授が開講していた、科学的に幸福について考えるScience of well-beingという授業をオンラインで履修していた際に人の幸福度を上げる有効かつ簡単な手段として彼女が強く勧めていたのがSNS断ち

 

SNSをやめる?

 私はSNSと上手く付き合っていけないタイプであるという自覚があるため、(後に述べるがSNSの使い方が下手すぎて自分の首を絞めていくタイプであると分析する。)友達の9割がアカウントを持っているであろうInstagramツイッターのアカウントを削除した。そんな自分のSNSに対するネガティブな話を友人と共有すると大抵「え!そこまで(アカウント削除まで)する?!」「うーん、たまに疲れるのはわかるけどねえ」という反応が返ってきます。

皆ある程度のストレスを感じつつも、SNSを断つほどではないということだろう。アカウント削除まで至った私は異常なんだろうかと心配になってくる。

 

Twitterでは、「いいね」へのプレッシャーやプライバシーのなさ、「いいね」やリツイート、フォローなどを求めてしまう気持ちなどが疲れにつながっています。
 Instagramでも「いいね」へのプレッシャー、お洒落で「いいね」がもらえるような投稿をしなければと背伸びしてしまう自分の気持ちにストレスを感じるようです。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2017/12/post_21754.html
Copyright © Business Journal All Rights Reserved.

 

 

そうそう、そうなんだよ、と私なんかは首をブンブン縦に振って頷いてしまいます。上記にプラスして私は他人の投稿を見るのもしんどいことが多かったです。ツイッターはまだしもInstagramの他人の投稿を見ていると自分の人生と比べてしまうのです。

「優しくてかっこよくて、私のことをこんなに愛してくれる彼氏がいて私は最高に幸せ」という文章とともに彼からもらったブランド物のバックの写真の投稿されたとします。

この手の投稿に私は上手に立ち向かえない。この投稿に対して私は、自分の人生と比較してこの子はなんて完璧な人生なんだろうと画面越しに落ち込んでしまうんですね。完璧な文章と加工された写真の威力は凄まじい。Twitterは文章制限があるし写真なしのつぶやきをする人が多いのに対してInstagramは必ず画像がついて回る。視覚効果とはすごいなと毎回思います。友人と実際生活において接する際にはなんとも思わないのに、画面を通して、フィルターを通して彼女ら彼らの生活を覗いた途端にこんなにもキラキラして見えてしまうのはなぜだろうと不思議です。

人生のピーク、最高な場面、良いことだけが載せられたタイムラインを見ていると頭ではわかっているのです。しかし素直に「いいね」が押せない。他人の幸せを喜べない。そんな小さな自分が嫌になる、という仕組みで私はSNSが苦手なのだと思います。

 

近頃よく話題になるSNS疲れやデジタルデトックスですが、ソーシャルメディアが我々を不幸にしている、とは言わないにしても自分の幸福度を下げていると感じる人と、SNSに対してポジティブな気持ちを持っている人、SNSに対して問題意識を感じることがない人がいるのはなぜだろう。

デジタルデトックスのすすめ 「つながり疲れ」を感じたら読む本

デジタルデトックスのすすめ 「つながり疲れ」を感じたら読む本

 
節ネット、はじめました。 「黒ネット」「白ネット」をやっつけて、時間とお金を取り戻す

節ネット、はじめました。 「黒ネット」「白ネット」をやっつけて、時間とお金を取り戻す

 
旅と日常へつなげる ?インターネットで、もう疲れない。?

旅と日常へつなげる ?インターネットで、もう疲れない。?

 

( 余談だがこの筆者のチェコ好きさんのブログ記事を読むのがとても好きで、貪るように読んでいる。)

  

SNSを辞めれば、幸福度は上がるのだろうか。アメリカで受けた幸福学の教授はデータとともにSNSを断つことが幸福度を上げることに貢献すると断言していましたが、そもそもSNSが問題なのだろうか。他人の生活と自分の生活を比べてしまうのは私自身でありSNSではないわけで。私(人)の心に問題があるのか、それともこの社会システムに問題があるのか、SNSは悪なのか。

 

 私のSNS歴(黒歴史とも言う)

 

私が初めてSNS(ブログ)にアクセスしたのは中学1年生でした。海外に興味があり(しかし英語はお世辞にも得意とは言えなかったですが。その後長期留学して国際恋愛するとは夢にも思わない。)海外に住む人が綴るブログを通じて、自分が知らない世界(海外生活)を知ることに楽しみを見出したのです。

当時、我が家は長期休みに海外旅行に出かけるような金銭的余裕はなかったがブログというツールを使えば、お金の心配もなくどこにでも自由に出かけられる。当時の私にとってブログは、行きたい場所に直ちに連れて行ってくれるどこでもドアであり、いわゆるフッ軽でした(意味違う)。

f:id:unnabees:20180917021806j:plain

(*写真はパリのシャンゼリゼ通りのカフェにて。)

 

何人かのブログを梯子するうちに、当時の自分と同じ年代でブログを更新する人たちがいるのを知り、彼らの記事にコメントを残すようになって、自らもブログを書くようになるのに長い時間はかからなかったです。

記事を書くときは写真をソフトで編集した後にブログに載せていたし、後に父に頼み込んで一眼レフを購入してもらったりとかなりブログに熱を上げていたと思う。

 

ブログのデザイン改造も見様見真似で定期的に行っており自分の納得いくブログを作るために半日パソコンの前に張り付いていたこともあり、ブログのデザイン変更は部屋の模様替えと掃除をするような感覚でした。

 

(以下は当時ブログに載せていた写真。)

f:id:unnabees:20180917025143j:plain

私の当時の部屋。机とベットを置いたらもう何も置けないくらいとても狭かったが、自分の城くらいに思っていたと思う。

 

f:id:unnabees:20180917024841j:plain

一眼レフで撮った写真。地元の海までバスを乗り継いで一人で訪れた。海に一人で行くのにハマっていたような気がする。高校時代は何をするにもわりと好んで一人でしていたような。スターバックスで放課後勉強するのも、ショッピングに行くのも一人でする方が気楽だし好きだった。だから人見知りになって友達が少ないんだよ、とも言える。

 

f:id:unnabees:20180917024950j:plain

自分の部屋の壁を撮った写真。当時、room tourと言って自分の部屋を紹介するブログやYouTubeが流行っており、ミーハーな私はそれに乗っかっていた模様。

コルクボードには旅系の記事や写真、ポストカードが貼られ、当時行きたかった国や憧れていた都市で埋め尽くされている。

f:id:unnabees:20180917025058j:plain

今読み返してみると完全に自己満ブログで大したことが書かれているわけではないが、将来や進路に迷っている記述が所々に見受けられ、自分なりに、お粗末ながらも自分の思いを言葉にしていたことがわかる。

高校受験のために中学3年生から受験までの1年間ブログから離れていたものの、筆記試験が終わった瞬間にブログ記事を更新するくらいにブログは私の中で大きな存在だった。

 

私が高校生の頃から徐々にスマホが普及し、TwitterInstagramなどのSNS文化が発展し始め、ブログ文化は徐々に廃れ、同世代ではTwitterInstagramが主流になり同年代でブログを書いていた人々も徐々にSNSに移行して行ったのだが。

ふと振り返り疑問に思うのは、なぜブログ文化に疲れることがなかった私が、その他のSNSには疲れを覚えるのかということである。

が少々長くなったので次に続くとする...

 

さて再来週から大学が始まるため明後日、日本に帰国するのだがやはりアメリカを離れるのは少し寂しいような、複雑な気持ちです。